長崎県佐世保市から西海市(さいかいし)へ向かって国道202号を走っていると、山の向こうに3本の巨大な塔が現れました。
煙突? それとも何かの塔?
正体は、針尾島に残る旧佐世保無線電信所(針尾送信所)の無線塔でした。
高さは約136m。遠くから見ても十分に目立ちますが、近くまで行くと、想像以上の大きさに圧倒されます。
今回は無線塔を間近で見学し、内部に残る設備や電信室、さらに三本の塔を一望できる西海の丘展望台まで訪ねます。
国道から突然見えた三本の塔

国道を走っていると、遠くに三本の不気味な塔が目に飛び込んできました。
周囲の山よりも高く伸びる姿は、かなり異様です。何の施設か分からないまま、西海橋公園の無料駐車場へ入ると、その正体が針尾送信所であることが分かりました。
遠くからでもよく見えるのですから、それなりに大きいのだろうとは思いましたが、実際に近くで見ると「それなり」では済まない程の巨大な塔でした。
針尾送信所とは|大正時代に造られた長波通信施設
旧佐世保無線電信所(針尾送信所)は、旧日本海軍が長距離通信のために建設した長波無線施設です。
1918年に着工し、約4年をかけて1922年に完成しました。三本の鉄筋コンクリート製無線塔が、一辺約300mの正三角形を描くように配置され、その中央に電信室が建てられています。コンクリートには火山灰が混ぜられ、強度を高めていたともいわれています。総工費は当時の金額で155万円(現在の価値で約250億円)。
針尾送信所は国内で唯一現存する長波通信施設であり、大正時代のコンクリート技術を伝える近代化遺産として、2013年に国の重要文化財に指定されました
高さ約136mの無線塔を足元から見上げる

駐車場に車を停めて見学受付に顔を出す。
ボランティアのおじさん、おばさんが明るく迎えてくれたので、あれこれ聞こうと思いましたが、ついたのが12:50頃、13:00まで休憩はしっかりとります的な対応でご自由に見て回ってくださいねと言われました。

電柱と見比べるとわかると思いますが、とにかくデカイ!
高さは1号塔、2号塔の2本が135m、3号塔が137m。直径は約12m、コンクリートの厚さは76cm。

風に煽られた雨粒が、時折吹き付けるような天気だったので、雰囲気的にも不気味さが増す。
針尾無線塔の内部|空洞と果てしない梯子
針尾無線塔は、塔の内部も見学できます。

中へ入ると、外から見た印象とは少し違い、内部はほとんど何もないガラーンとした空洞になっています。足元には古びたケーブルの巻き上げ機が残されていました。
そして、中央から真上を見上げます。

無線送信所なので当然なのかもしれないが、上を見上げると内部はさっぱりしています。上へ向かう梯子がついているのですが、果てしなくて気が遠くなる。
高さ約136m。地上から見上げても十分大きいのですが、内部から見ると、その高さをさらに実感できます。
もちろん、あの梯子を上ってみたいという気持ちは起きませんでした。私の好奇心にも、一応は限界があります。
「ニイタカヤマノボレ1208」は送信されたのか
真珠湾攻撃の決行日を告げた極秘電文「ニイタカヤマノボレ一二〇八」は、この針尾送信所からも送信されたと伝えられています。また、ミッドウェー海戦や戦艦大和の沖縄特攻に伴う通信にも関わったといわれています。
※「ニイタカヤマノボレ一二〇八」を針尾送信所から送信したことを裏付ける確かな資料は残っていません。真珠湾攻撃部隊に向けた電文は、千葉県の船橋送信所から短波・中波で、愛知県の依佐美送信所からは潜水艦向けに超長波で送信されたとされています。
蔦に覆われた電信室と静かな構内

三本の無線塔の中央には、通信設備が置かれていた電信室が残っています。
訪れたときは、建物の壁を緑や赤の蔦が覆い、長い時間が流れたことを感じさせる姿になっていました。

他に観光客もいないので、風の音だけが響いていてなかなか雰囲気あります。ザ・廃墟的な雰囲気。施設の中を覗くとガラーンとしていました。
三本の無線塔を望む西海の丘展望台

帰りがけに受付の方に3本の塔がよく見える場所がないか尋ねたのですが、「ととの宿の上」(魚魚の宿)とあんまりよくわからない説明のみで近くに行ったらまた聞けばわかりますよ、と面倒くさそうな説明。(苦笑)
西海橋公園らしいとわかったので向かいましたが、最初は反対側についてしまいミステイク!
「西海の丘展望台」というところがポスター等にも使われる写真が撮られるスポットのようです。
西海の丘展望台からは、小さい灯台と3本の塔がよく見えます。天気が悪いのが残念至極。

左の綺麗な道路が「西海パールライン(有料道路)の新西海橋」、奥の道路が「国道202号線の西海橋」。

遠くから見ても、近くで見ても良い廃墟塔は一見の価値ありです!
【2016年12月訪問】

