余部鉄橋|兵庫県香美町の桜咲く赤い鉄橋と新橋梁を訪ねた記憶

桜咲く春の余部鉄橋と赤い列車がコトコト走る 桜浪漫

山陰本線鎧駅と餘部駅間に存在した余部鉄橋を訪ねたのは2005年の春でした。
桜の向こうを赤い鉄橋が横切り、その上を一両の列車が走っていく。今では見ることのできない風景です。

その後、旧余部鉄橋は役目を終え、2010年にはコンクリート製の新しい橋梁に架け替えられました。後年、再び余部を訪ねたため、この記事では在りし日の旧鉄橋と、姿を変えた現在の余部をあわせて振り返ります。

桜咲く在りし日の余部鉄橋

桜咲く春の余部鉄橋

駅の隅っこから上がる展望所があり、そこからは桜越しの鉄橋が綺麗に見え、橋の向こうには透き通った日本海。

桜咲く春の余部鉄橋2

町のシンボル的な存在感あふれる鉄橋。その大きさがよくわかりますが、かつて列車転落事故が起きたり大小様々な落下物などがあり、住民にとっては決して良い側面ばかりではなかったようです。

桜咲く春の余部鉄橋3

それにしてもこの上を列車が走るというのも凄いが、そもそもこれを造ったこと自体が凄い。大きな建造物って尊敬のまなざしで見てしまいます。

桜咲く春の余部鉄橋4

駅に行くには路地をひたすら登っていきます。通勤や通学で使われる方もいるでしょうが、毎日利用すると足腰が鍛えられること間違いなし。駅に行くだけで汗だくです。

桜咲く春の余部鉄橋5

最寄り駅は「餘部駅」。素朴な棒線ホームにたどり着く。

余談ですが、橋は「余部」、駅は「餘部」。
同じ兵庫県内に「余部(よべ)駅」があるので同じにならないよう区別するため、開業時に「餘部駅」としたそうです。

桜咲く春の余部鉄橋と赤い列車がコトコト走る

一両だけの列車が鎧駅方面からやってきたのですが、桜が満開の中、鉄橋の上を一生懸命ガタゴト走る姿はとても可愛らしく今となってはとても良い思い出です。

私が訪れた数年後、この赤い余部鉄橋はその役目を終えました。

新しい余部橋梁を再び訪ねる

桜咲く旧余部鉄橋を訪ねた2005年から18年。2023年の春、私は再び余部を訪れました。

かつて谷を横切っていた赤い鉄橋はなく、その場所にはコンクリート製の新しい余部橋梁が架かっています。旧鉄橋は2010年に役目を終え、同年8月から現在の橋梁が使われるようになりました。

赤い鉄橋からコンクリート製の橋梁へ。見た目が大きく変わっただけでなく、駅までの行き方にも時代の流れを感じました。

山桜の咲く山を背にトンネルから現れた赤い列車

山肌には、以前訪れたときと同じように桜が咲いていました。

トンネルから朱色の列車が顔を出し、緩やかに曲がりながら新しい橋梁へと進んでいきます。赤い鉄骨が幾重にも組み上げられていた旧鉄橋とは、まったく異なる風景です。

それでも、桜の咲く山を背景に列車を待ちながらカメラを構えていると、18年前の記憶が少しずつ戻ってきました。

橋はすっかり変わりましたが、列車が来るのを待っている私の行動は、ほとんど変わっていません。そこはあまり進歩していないようです。(笑)

日本海を背景に新しいコンクリート製の余部橋梁を渡る赤い列車

新しい余部橋梁を渡る列車の向こうには、変わらず透き通った青い日本海が広がっていました。

細い鉄骨の上を列車が走っているように見えた旧鉄橋に対し、現在の橋梁は大きなコンクリートの構造物です。昔の写真と比べると、同じ場所とは思えないほど印象が違います。

それでも、日本海と余部の集落を見下ろしながら朱色の列車が走る風景には、今もこの場所ならではの魅力があります。

旧鉄橋の記憶を残す「空の駅」

2005年に訪れたとき、餘部駅へ向かうには、集落から長い坂道を歩いて上る必要がありました。カメラを抱え、ひぃひぃ言いながら駅を目指したことも、余部の記憶の一つです。これも観光の利便性を考えると当然ですよね。

ところが現在は、旧鉄橋の赤い橋脚の間に、全面ガラス張りのエレベーター「余部クリスタルタワー」が設けられています。

赤い旧余部鉄橋の橋脚の間に設けられた餘部駅へのエレベーター

かつてヘトヘトになりながら上った高さまで、今では約45秒。あのとき消費した体力は何だったのかと思わなくもありませんが、それも旅の思い出ということにしておきます。(笑)

旧余部鉄橋は、すべてが撤去されたわけではありません。

餘部駅側にあった3本の橋脚が残され、旧軌道の一部を利用した展望施設「空の駅」として、2013年に生まれ変わりました。実際に使われていたレールや枕木も残されています。

旧線路が残る余部鉄橋の展望施設・空の駅

「余部鉄橋 空の駅」と刻まれた石碑の先には、かつて列車が走っていた線路が延びています。

現役の鉄道なら、線路の上をのんびり歩くことなどできません。ここでは列車の代わりに、人がレールに沿って歩きながら、旧鉄橋の高さや余部の風景を眺められます。

2005年に訪れたとき、私はあの赤い橋の上を列車が渡る姿を見ていましたが、その線路を、今度は自分の足で歩いているのですから、不思議なものです。

新しいコンクリート橋の下に残る赤い旧余部鉄橋の橋脚

新しい余部橋梁の下には、赤い旧鉄橋の橋脚が今も残っています。

頭上には白いコンクリートの橋梁が延び、その下から赤い鉄骨が姿を見せています。旧鉄橋と新しい橋梁を一度に眺めると、余部が歩んできた時間がそのまま重なっているようでした。

巨大な赤い鉄骨が谷を横切っていた昔の姿と比べれば、残されているのは一部分です。

それでも、赤い橋脚を間近に見ると、かつてこの鉄橋がどれほど大きな構造物だったのかが伝わってきます。昔の風景を知る者としては、少しでも残っていてくれたことが、どこかうれしく感じられました。

橋は変わっても、余部の風景は残る

桜咲く山から見下ろした余部の集落と青い日本海

高台から見下ろすと、山と日本海の間に余部の家々が集まっています。

海は青く、集落の周囲には春の桜が咲いていました。

赤い旧鉄橋が谷を横切っていた頃と、コンクリート製の新しい橋梁になった現在。余部の風景は大きく変わりました。

それでも、海と山に挟まれた集落のたたずまいや、春になると斜面に咲く桜まで変わったわけではありません。

旧鉄橋を懐かしむだけなら、2005年に撮影した写真だけでもよかったのかもしれません。しかし、もう一度訪れたことで、余部は「失われた鉄橋のある場所」ではなく、その記憶を残しながら今も列車が走り続ける場所なのだと感じました。

桜の向こうにそびえていた赤い旧鉄橋と、日本海を背に列車が走る新しい余部橋梁。

姿はまったく違いますが、どちらも私が余部で見た、忘れがたい春の風景です。


香美町ライブカメラ

【2005年4月訪問】
【2023年3月訪問】