幻の小田代湖と戦場ヶ原の雲間の虹 奥日光から続く幻のような物語

小田代ヶ原の看板越しに広がる幻の小田代湖と秋の山並み 旅・風景

きっかけは、もう思い出せない。 
なんとなくドライブがしたかっただけだったかもしれない。

いや、日光中禅寺湖畔にある馴染みのお店のお母さんは元気かな、紅葉だし行ってみようかな。そんな理由で昼過ぎくらいにお店についたんだった。

今はもう閉店してしまったそのお店は、とても温かいお母さんが一人で切り盛りしていて、「絶品のチーズケーキ」や「スパゲッティ チーズ焼き」が人気で、店内にはご主人が撮影した奥日光の風景写真が並ぶ、とても居心地のよい店だった。その中にあった熊の写真のことは、今でもよく覚えている。

その時、お母さんと話をしていて、小田代ヶ原に湖(小田代湖)が出現しているよと教えて貰った。私は折角なので行ってみます!とお店を後にした。

小田代ヶ原(小田代原)とは、戦場ヶ原の西側に広がる静かな湿原で、「貴婦人」と呼ばれる一本のシラカバが立つ場所として知られている。

そして台風や長雨の後だけ、そこには非常に珍しい「幻の小田代湖」が現れる。

散策を始めるには少し遅い午後、曇天で小雨がパラついたりもしたが、足取り軽く歩く。

落ち葉が散る戦場ヶ原の木道を奥へと続く散策路

見頃をほんの少し過ぎたのか、時折色づいた葉が木道の足元を彩る。

小田代ヶ原には、確かに見たことない景色が広がっていた。

小田代ヶ原の看板越しに広がる幻の小田代湖と秋の山並み

一面の草原のはずが一面の湖。
水面は凪いだかと思えば、風に吹かれてほんのりさざ波立つ。不思議な光景だった。

遠くに変わらず佇む「貴婦人」。
その姿と存在感は今日も変わることはなかった。

小田代ヶ原に現れた幻の小田代湖と奥に佇む貴婦人

水没林のように水面からそびえる木々。

普段は草原なので、自分の姿を見ることは決してないだろう。けれどこの日は、水面に映る自分の姿を不思議そうに眺めていた。

ありがとう。
とても珍しい風景を見ることができて嬉しかった。次にお店に行ったら写真を見せてお礼を伝えよう。

小田代ヶ原を後にする頃には、小雨もすっかり上がり、遠くには時折青空も見える。

心満足に別の散策路を足早に歩き始めたその時、一人の男性に声を掛けられた。

「こんにちは、向こうに虹が出てますよ」

振り返ると、そこにはテレビでよく見る男性が立っていた。

その男性はニコッと笑みを浮かべ、私のカメラを見て、
「カメラを持っていたので」

突然の出来事に驚きながらも男性の指す方向に目を向けると、男体山の雲間には虹が架かっていた。後に「雲間の彩」と名付けることになる光景だった。

雲間から差す光に照らされた男体山と戦場ヶ原に架かる虹。作品名「雲間の彩」

「こんにちは、あ、ありがとうございます」
と答えるのが精一杯だった。

男性は再びニコッとすると散策路を先へと進んで行き、男性の後ろには機材を持った人が何人か続き、どうやら撮影クルーのようだった。

夕方の雲間に顔を出した虹は、15分程で空に溶けるように消えていった。

その日を象徴するかのような写真が撮れて大満足な一方、男性が声を掛けてくれなかったら私は気づかなかった風景。

もっとちゃんとお礼を言っていれば良かったな。

もし、いつか再びお会いする機会があるのなら、その時はこの写真を見せてお礼を伝えたいな。

満足とちょっぴりの後悔とともに秋の日は過ぎていった。



~~~

「今年はインフルエンザの予防接種どうする?」

職場の人とそんな話をしていた。

近くの病院に時間のある時に行こうかな。

そう思いながら何日も過ぎていったある日、突然意を決して病院に向かう。

いつもそれほど混んでいない病院なので、20分くらいで終わるかな、そんなことを思いながら病院のドアを開けて中に入る。

ふと横を見ると、二人の人が待合室に座っている。

!!!

その二人のうちの一人が、なんと8年前に私に虹を教えてくれた男性だった。

声をかけていいものか迷いましたが、丁重に挨拶をして戦場ヶ原のお話を伝えた。

戦場ヶ原にロケで行ったことは覚えていらして、私はその時の写真をスマホで見せながら、この写真は「向こうに虹が出てますよ」 と教えて貰わなければ撮れなかった写真であること、いつかお礼を言えたらとずっと思っていたことを伝えた。

その男性は、変わらず気さくに、
「そうだったんですね、この写真はとても綺麗な写真ですね」
と、当時と同じニコっとした笑顔を向けてくれました。

そして男性から握手を求められしっかりと握り返すと、名前を尋ねられた。
「櫻雷さん、僕はこの辺りに住んでいるので、もしまた見かけたらその時はいつでも遠慮なく声かけてね」

そう言って、男性は先に病院を出て行った。

世の中には、信じられないような偶然がある。
けれどその偶然のおかげで、八年もの間、心の片隅に残っていた感謝をようやく伝えることができた。

あの時のちょっぴりの後悔がほどけた分だけ、今は写真の虹の色がほんの少し濃くなった気がした。