伊佐沢の久保ザクラ 坂上田村麻呂とお玉の悲恋伝説が残る山形の一本桜

長い年月を重ねた幹と枝を支柱に支えられ、淡い花を咲かせる伊佐沢の久保桜 桜浪漫

伊佐沢の久保ザクラ

推定樹齢1,200年と言われ、国指定天然記念物にもなっているエドヒガンの古木で山形県を代表する名桜のひとつに数えられています。

枝の一部は枯れ、花を咲かせる場所も限られています。
それでも春になると、淡い花を咲かせる姿には、長い時間を越えてきた桜だけが持つ重み、老樹ならではの静かな迫力があります。

かつては枝の広がりが非常に大きく、江戸時代には枝張りが四反にも及んだと伝えられ「四反桜」とも呼ばれていました。


伊佐沢の久保ザクラには、坂上田村麻呂と、地元の豪族・久保氏の娘「お玉」にまつわる伝説が残されています。

伝えられるところによると、田村麻呂はこの地を訪れた際、土地の豪族であった久保家に宿泊し、その娘・お玉と結ばれたといいます。しかし奥州征討を終えると、田村麻呂は軍を収めて都へ帰ってしまいました。

残されたお玉は、田村麻呂を恋い慕う思いに耐えきれず、やがて病にかかり、亡くなってしまったと伝えられています。

その後、再び東北を訪れた田村麻呂はお玉の死を知り、深く悲しみました。
そして哀悼の思いから、摂津国の摩耶山から桜を取り寄せ、お玉の墓に手植えして墓標にした。
これが伊佐沢の久保桜の始まりだといわれています。

諸説あり、田村麻呂が桜の苗を送ったという説や、地元の豪族が妻であるお玉と子の死を悼み、自ら手植えしたという説も伝わっています。

いずれの説にも「お玉」という女性が登場することから、伊佐沢の久保桜は別名「お玉桜」とも呼ばれ、今も地域の人々に親しまれています。

伊佐沢の久保ザクラ 基本情報

項目
内容
名称
伊佐沢の久保ザクラ(いさざわのくぼざくら)
桜の種類
エドヒガン
推定樹齢
1,200年
オススメ度(5段階)
★★★(近年は樹勢衰退)
一言
桜の周囲に木道があり、さまざまな角度から古木の姿を眺めることができます。
例年の見頃
4月下旬
撮影日
初回訪問2012年4月下旬
最終訪問2022年4月下旬
所在地
山形県長井市上伊佐沢
アクセス
東北中央道
南陽高畠ICから20分
駐車場/トイレ
駐車場有・トイレ有
その他
ライトアップ(現在は)無
参考URL
 山形県公式観光サイト やまがたへの旅
学校のそばで長い年月を重ね、多くの支柱に支えられながら春を迎える伊佐沢の久保桜

大きく伸びた古枝と、それを支える支柱の数に、この桜が重ねてきた年月を感じます。

周囲の桜が咲く春の風景の中で、古い枝を支柱に支えられながら立つ伊佐沢の久保桜

華やかな春景色の中で、古木の存在感が静かに際立っていた。

長い年月を重ねた幹と枝を支柱に支えられ、淡い花を咲かせる伊佐沢の久保桜

2012年4月の姿。枝分かれした古い幹の先に、薄紅色の花をつけていました。

支柱に守られながら淡い桜色の花を咲かせる伊佐沢の久保桜

淡い桜色の花が古い幹を包むように咲いていました。

伊佐沢の久保桜の隣にある長井市立伊佐沢小学校と春の校庭

隣に伊佐沢小学校があります。
これほど大きな古木の隣に学校があるとは非常に珍しい。
きっと卒業生の思い出にもなっているんでしょうね。

学校から見える桜

小学校の頃、桜はただの背景だった。

入学式の日、母に手を引かれて校門をくぐった時も、卒業式の日、少し大きくなった制服の袖を気にしながら歩いた時も、校庭の周りにはいつも桜があった。ひときわ大きな桜も。

けれど、その頃の私は、桜を見上げたりはしなかった。

春になれば咲くもの。
風が吹けば散るもの。
掃除の時間になると、花びらが昇降口に入り込んで、先生に「ちゃんと掃きなさい」と言われるもの。

桜とは、そんなものだった。

ある年の春、卒業して何十年も経ってから、私は久しぶりに母校の前を通った。

校舎は少し古くなっていた。
鉄棒の色も、ブランコの鎖も、記憶の中よりずっと小さく見えた。
自分が大きくなったのか、学校が小さくなったのか、一瞬わからなくなる。

校庭の向こうに、桜が咲いていた。

その瞬間、不思議なことに、忘れていたはずの声が戻ってきた。

休み時間のチャイム。
体育の笛の音。
卒業式の練習で、何度も歌わされた歌。
ランドセルを背負ったまま、友だちと走った帰り道。

あの頃、桜を見ていた記憶はない。
それなのに、思い出の中には、たしかに桜が咲いている。

入学式の写真の端にも。
集合写真の後ろにも。
校庭で泣いた日にも、笑った日にも。

桜は、私たちのことを見ていたのかもしれない。

誰が逆上がりを初めてできたのか。
誰が転んで泣いたのか。
誰が卒業式の日に、最後まで平気な顔をしていたのに、校門を出た瞬間に泣き出したのか。

桜だけは、ずっと知っていたのかもしれない。

私は校庭の外から、しばらくその桜を眺めていた。

枝先に咲く花は、昔と同じようで、少し違って見えた。
子どもの頃にはわからなかった時間が、そこには積もっていた。

春は毎年来る。
桜も毎年咲く。
けれど、同じ春は二度と来ない。

そう気づくまでに、ずいぶん長い時間がかかった。

校庭では、知らない子どもたちが走っていた。
その子たちもきっと、今は桜を見ていない。
友だちの声や、給食の匂いや、明日の宿題のことで頭がいっぱいなのだろう。

それでいいのだと思った。

桜は、見られるためだけに咲いているわけではない。
気づかれないまま、誰かの季節の背景になっている。
そして何年も経ってから、ふいにその人の中で咲き直す。

学校の桜とは、そういうものなのかもしれない。

私はもう一度だけ校庭を振り返り、ゆっくり歩き出した。

春の風が吹いた。
花びらが一枚、足元に落ちた。

拾うほどのものではない。
けれど、忘れるには少し惜しい。

そんな小さな春を連れて、私は帰り道を歩いた。