又兵衛桜 武将の名を宿す、奈良・宇陀を彩る本郷の瀧桜

奈良県宇陀市に咲く又兵衛桜。桃色の花と山の緑を背景に、滝のように枝を垂らす枝垂れ桜 桜浪漫

又兵衛桜(本郷の瀧桜)

奈良県宇陀市に、ひときわ存在感を放つ一本の枝垂れ桜があります。
その名は、又兵衛桜。

「本郷の瀧桜」とも呼ばれ、石垣の上から滝のように枝を垂らして咲く姿が印象的な名木で、樹齢は300年ともいわれています。周囲の山里の風景とよく調和し、春になると多くの人がその姿を見に訪れます。

私は実際に行ったことある友人から話を聞いて、自分でも見てみたいと訪れました。
まだ月が高い時間に到着し、月明りの時間帯の写真を撮ったりしながら明るくなるのを待ちましたが、当時からカメラマンが多く、人気の桜というのも納得でした。

後藤又兵衛伝説が残る桜

又兵衛桜の由来になっているのが、武将・後藤又兵衛。
黒田家に仕えた武将として知られ、のちに大坂の陣で豊臣方として戦いました。一般的には、大坂夏の陣の道明寺の戦いで片倉小十郎重長(重綱)によって討死したとされています。

その一方で、この辺りには、又兵衛がこの地へ落ち延び、僧侶に身をやつし一生を終えたという伝説が残されています。そして、又兵衛桜の立つ場所は、後藤家の屋敷跡とも伝えられています。

又兵衛の最期には複数の説が残されていて、土地の記憶としてこうした物語が残っていることに、又兵衛桜の浪漫があります。

又兵衛桜 基本情報

項目
内容
名称
又兵衛桜(本郷の瀧桜)
 またべえざくら(ほんごうのたきざくら)
桜の種類
シダレザクラ
推定樹齢
300年
オススメ度(5段階)
★★★★
一言
2000年(平成12年)のNHK大河ドラマ『葵 徳川三代』のオープニング映像で使用された。
例年の見頃
4月上旬~4月中旬
撮影日
初回訪問 2004年4月上旬
最新訪問 2010年4月上旬
所在地
奈良県宇陀市大宇陀本郷348
アクセス
名阪国道
・針ICから約30分
駐車場/トイレ
駐車場有・トイレ有
※桜の開花・見頃時期のみ普通車1台500円
その他
・ライトアップ:無
・桜維持協力金 100円(任意)
・桜まつり有
参考URL
うだ探訪ナビ
奈良県宇陀市の又兵衛桜。石垣の上で青空に向かって大きく枝を広げる白い枝垂れ桜
奈良県宇陀市の又兵衛桜。石垣のある斜面に立ち、山里の風景を見下ろすように咲く枝垂れ桜
花の美しさだけでなく、太い幹と大きく広がる枝ぶりにも又兵衛桜の存在感がある。

見ていると華やかな咲きぶりだけでなく、太い幹や大きく広がる枝ぶりにも目がいきます。
しだれ桜というと、やわらかく優美な印象が強くなりがちですが、又兵衛桜は力強い雰囲気があるのが良さの一つ。

どの桜にも言えることですが、見る角度によって雰囲気は大きく変わりますよね。この桜は石垣の上に咲いているので、下から仰ぎ見ることもできます。

奈良県宇陀市に咲く又兵衛桜。桃色の花と山の緑を背景に、滝のように枝を垂らす枝垂れ桜

初めて訪れた時は、まだフィルムが主流の時でした。この写真はフジクロームベルビアというリバーサルフィルムで撮影したものです。

フィルム特有のやわらかさが一層雰囲気を引き立てていて、どこか夢の中のようにも見えてきます。

奈良県宇陀市の又兵衛桜と桃の花を眺めながら、春の山里でスケッチをする人

写真を撮る人、ゆっくり眺める人、そして春の景色をスケッチしている人もいました。皆が色々な自分流の春を楽しんでいて、その空間にいるだけで桜の花のように笑顔ほころぶ時間でもありました。

奈良県宇陀市の又兵衛桜。月光が枝の間から差し込み、枝垂れ桜のシルエットを浮かび上がらせるフィルム写真

これもフィルムで撮影したものです。
月光を受けて枝ぶりのシルエットが浮かび上がって春の月夜のひと時を色濃く演出してくれました。

月夜の桜は音がする

月夜の桜を撮っていると、時々、音が聞こえるような気がする。

いや、実際に聞こえているのかと聞かれると困る。
録音したとしてもたぶん何も入らない。入ったとしても、風の音とか、遠くの車の音とか、私の鼻息とか、そういう現実的なものばかりだろう。

けれど、月明かりに照らされた桜の下に立っていると、たしかに何かが鳴っているように思えることがある。

それは、さらさら、というほど軽くない。
ざわざわ、というほど騒がしくもない。
かといって、しん、と静まり返っているわけでもない。

月の光が枝に触れる音なのか。
桜の花びらが、夜の空気を押し返す音なのか。
それとも、私の心に何かが響いている音なのか。

人間は案外、勝手である。
特に夜中に三脚を立てて桜を撮っている人間は、かなり勝手である。

その夜も、私は月明かりの下で一本の桜を撮っていた。

昼間なら人の声がして、カメラのシャッター音がして、誰かが「わあ、きれい」と言い、別の誰かが「もう少し右、右」と記念写真の指示を出しているような場所だった。

けれど夜になると、桜は急に別の顔をする。

昼の桜は、人に見られることを知っている。
明るい場所で、堂々と花を広げている。

でも夜の桜は、人に見せるために咲いている感じがしない。
こちらが勝手に、その時間に迷い込んでしまったような気分になる。

桜の枝は月の光を受けて、白く浮かび上がっていた。
花びらの一枚一枚までは見えない。
けれど、全体としてそこに白い気配がある。

こういう時だけは妙に真面目な気持ちになってシャッターを切る。

数秒間、カメラが光を集める。
そのあいだ私は、なるべく動かないように息を止める。

すると、また聞こえた気がした。

私は顔を上げた。
桜は何も言わない。
枝もほとんど揺れていない。
風もない。

結局、今もよくわからない。

まあ、それも含めて、夜桜を撮る楽しみなのだと思う。

私は三脚をたたみ、最後にもう一度だけ桜を見上げた。

桜は何も言わず、月明かりの中に立っていた。
さっきまで聞こえていた気がする音も、もう聞こえない。

それがなんだったかわからないし、わかる術もない。

でも、それでいい。

写真にも、旅にも、少しだけわからないものを残しておいた方がいい。

その方が、あとで思い出した時に、たぶん少しだけ美しい。