素桜神社の神代桜
素桜神社は、長野市泉平の山里に鎮座する神社です。
現在は「素桜神社」と呼ばれていますが、もとは諏訪社で、泉平では「下の宮」と呼ばれていました。祭神は、諏訪信仰の神である健御名方命(たけみなかたのみこと)です。明治36年、境内に立つ神代桜にちなんで、素桜神社へと社号を改めたとされています。
その境内に立つのが、国指定天然記念物の「素桜神社の神代ザクラ」です。
神代桜はエドヒガンザクラの古木で、推定樹齢は約1,200年。幹の下部から大きな枝幹を分け、長い年月を生きてきた古木らしい、複雑で力強い樹形を見せています。
枝には折損した部分もありますが、春になると山里の小さな境内に白い花を広げます。華やかに咲き誇る桜でありながら、どこか静かで、長い時を背負ってきたような重みを感じさせる一本桜です。
この桜には、素戔嗚尊(すさのおのみこと)がこの地に差した杖が根づき、大きな桜になったという伝説が残されています。その伝説から「神代桜」と呼ばれ、また謡曲「素桜」のモデルになったともいわれています。
素桜神社の神代桜は、単に古い桜というだけではありません。諏訪信仰の社、スサノオ伝説、謡曲に残る物語、そして国指定天然記念物としての価値が重なった、日本指折りの長野県を代表する一本桜のひとつです。
同じ神代桜と名はついておりますが、山梨県にある山高神代桜とは直接関係はありません。
素桜神社の神代桜 基本情報
項目 | 内容 |
|---|---|
名称 | 素桜神社の神代桜 (すざくらじんじゃのじんだいざくら) |
桜の種類 | エドヒガン(アズマヒガン) |
| 推定樹齢 | 1,200年 |
オススメ度(5段階) | ★★★★★ |
一言 | 大きい古木ですが、こじんまりとした雰囲気の中で楽しめる桜です。 |
例年の見頃 | 4月下旬~5月上旬 |
撮影日 | 初回訪問2011年4月下旬 最新訪問2025年4月中旬 |
所在地 | 長野県長野市泉平395 |
アクセス | 上信越道 長野ICから約40分 |
駐車場/トイレ | 駐車場無・仮設トイレ有 ※道路脇のスペースに駐車することとなります |
その他 | ライトアップ無 神社周辺は道路が狭いため注意。 |
参考URL | ながの観光net |

長野市内のソメイヨシノから1週間程度遅く咲くため、市内が満開でもここはまだ蕾。

満開の桜になると白い花が枝を埋め尽くし、その存在感を感じることができます。

神社自体はそれほど大きな社ではありませんが、桜の存在感が歴史を感じさせる。
神社を見守る桜というより、桜を中心に神社の時間が流れているような雰囲気でした。

満開の桜に陽ざしがあたると眩しい春を感じます。


桜の一帯はそれほど広くないので、全景を入れようとすると広角か引きで撮ることになります。桜より上る路地が良い感じでした。

お天気がそれほどよくない年もありましたが、薄曇りでも水仙と仲良く収まりました。

個人的に逆光で撮るのが好きなので、太陽と桜と緑の草でのどかな春を演出。

桜を描いている方もいて、訪れる方は自身の春を楽しんでいました。
絵心ゼロなので、絵を描ける人は正直羨ましい。
桜とお蕎麦
山の桜を見たあとは、なぜかいつも蕎麦を食べたくなる。
長い坂道を上り、山里の小さな社に立つ古い桜を見上げる。
幹は黒く、枝は空へ広がり、その先に白い花が淡く咲いている。
派手な桜ではない。
けれど、そこには千年を越える時を生きてきたものだけが持つ、言葉にならない重みがあった。
風が吹くと、花は音もなく揺れた。
鳥居のそばに立ち、しばらく何も考えずに眺めていると、自分の中のざわめきまで少しずつ遠ざかっていくようだった。
桜を見終えると、私は山の方へ車を走らせる。
雪の気配を残した峰を遠くに見ながら、くねる道を進む。
春とはいえ、山の空気はまだ冷たい。窓を少し開けると、土と木と水の匂いが混じって入ってくる。
やがて、山あいの蕎麦屋に着く。
暖簾をくぐると、少しだけ湯気と蕎麦の匂いがした。
席に着き、冷たい蕎麦を頼む。しばらくして運ばれてきた笊の上には、細く、凛とした蕎麦が静かに盛られていた。
箸で少し取り、つゆに軽くくぐらせる。
口に入れると、山の水の冷たさと、蕎麦の香りがふっと広がった。
さきほど見た桜の白い花を思い出す。
古い桜と、打ち立ての蕎麦。
一方は長い時間を生き、一方はその日のうちに味わうもの。
けれど、どちらも余計なものを語らない。
蕎麦湯を飲みながら、窓の外を見る。
山の春は遅く訪れる分だけ少し濃い気がした。
だからこそ、桜を見て、蕎麦を食べる。
それだけのことが、忘れがたい一日になる。
またいつか、あの桜を見たあとに蕎麦を食べるのだろう。
花の下で感じた静けさと濃い春を、山の香りと一緒に、少しだけ体の中に残すために。

信州戸隠そばの実





