シューパロ湖とは
シューパロ湖は、北海道夕張市を流れる夕張川に造られたダム湖。
アイヌ語で「本当の」を意味する「シ」と「鉱泉の湧出する所」を意味する「ユーパロ」で「夕張川本流」を意味する。ちなみにユーパロは夕張(ゆうばり)の地名語源。
この記事では、シューパロ湖を鉄道遺構や廃墟として細かく追うのではなく、湖に沈んだ街と道がつくる風景として紹介します。
夕張シューパロダムとは
もともとこの場所には、農業用水の確保を目的とした「大夕張ダム」がありました。
その後、治水や水道用水、発電などの役割も担う新しい多目的ダムとして、大夕張ダムのすぐ下流155メートルの場所に「夕張シューパロダム」が建設されます。
つまり、古いダムを撤去して同じ場所に造り直したのではなく、すぐ下流により大きなダムを新しく造り、もともとあった大夕張ダムは、新しく作られたダムによるシューパロ湖の水面下に沈んでいるということです。
夕張シューパロダムの堤高は110.6メートル。
洪水調節、流水の正常な機能の維持、かんがい用水、水道用水、発電を目的として建設され、湛水面積は15平方キロメートルで雨竜第一ダムの朱鞠内湖に次いで全国2位。
総貯水容量は4億2,700万立方メートルで徳山湖(岐阜県揖斐川町)、奥只見湖(福島県檜枝岐村・新潟県魚沼市)、田子倉湖(福島県只見町)に次いで全国4位の多目的ダムです。
ダムによって生まれた湖の中に、さらに古いダムが沈んでいる。それだけでも、この場所の風景には少し不思議な重なりがあります。
そして、夕張シューパロダムによって水域が大きく広がったことで、かつて鹿島地区と呼ばれた街も湖底へ沈みました。



この画像の右手方面155メートルの水面下に「大夕張ダム」が沈んでいます。
湖底に沈んだ鹿島地区という街

ダムからシューパロ湖の方へ向かうと、風景の印象が変わっていきます。
水面から立ち枯れた木々が伸び、湖畔にはかつて道だった場所が残っている。
ただ美しいだけではなく、どこか時間が止まってしまったような景色。
この湖の底には、かつて鹿島地区と呼ばれた街がありました。
三菱大夕張炭鉱とともに栄え、人が暮らし、学校があり、商店があり、道が通っていた場所です。
この谷は、大夕張ダムによって一度湖の風景となり、さらに夕張シューパロダムの完成によって、街の記憶ごと大きな水面の下へ沈んでいった場所でもあります。
そう考えると、目の前の湖はただの水辺には見えません。
立ち枯れた木々も、湖面に続く道も、かつてここに暮らしがあったことを静かに残しているように見えます。
廃墟という言葉で片づけるには、少し違う気がしました。
朽ちたものを見に来たというより、風景の中に残った記憶を見ている。
シューパロ湖には、そんな不思議な静けさがありました。
過去へ続くように見えた旧国道452号

シューパロ湖で一番印象に残ったのは、湖へ向かって続く道。
黄色いセンターラインが残る舗装路。
その先は、途中で水面に消えていきます。
旧国道452号は、今ではどこかへ向かうための道ではありません。
けれど、かつては人や車が行き交っていた道でした。
立ち枯れた木々の間を抜けて、湖へ沈んでいく道。
その光景を見ていると、道の先にあるのは目的地ではなく、過去そのもののように思えてきます。
足元には、空き缶も残っていました。
ただのゴミと言えばそれまでですが、この場所で見ると妙に生々しい。
きれいな絶景写真だけでは終わらない、人の気配のようなものがそこにありました。
湖へ消えていく道は、静か。
水の音も、風の音も、特別に大きかったわけではない。
それでも、そこに立っていると、かつてここに街があり、暮らしがあり、道が続いていたことだけは強く伝わってきました。


なぜかポカリ缶が印象に残りました。

湖に残る旧白銀橋と橋の記憶

湖面の向こう左側に見える橋は「白銀橋」、右手に見えるアーチは「旧白銀橋」。
今では水の中に沈む風景の一部になっていますが、かつてはここを道が通り、人や車が行き交っていたはずです。
橋はただの構造物なのに、そこにあるだけで「向こう側へ渡っていた時間」を想像させます。
シューパロ湖では、その橋が半分だけ過去に残されたように見えました。
立ち枯れた木々の間に橋があり、その奥には現在の白銀橋が架かっている。
過去の橋と現在の橋が、同じ風景の中に重なっていました。
ほかにも、湖畔には旧三菱大夕張鉄道の橋梁跡が残っています。
かつて道があり、鉄道があり、橋があった。
今はその多くが水の下にあり、一部だけが湖面に顔を出している。
シューパロ湖の橋は、廃墟として強く主張しているわけではありません。
むしろ静かに、風景の中に溶け込んでいる。
その控えめな残り方が、かえって印象に残りました。



旧三菱大夕張鉄道の「明石沢橋梁」

手前の鉄の橋が旧三菱大夕張鉄道の「旭沢橋梁」、右奥が現在の「白銀橋」

シューパロ湖は、過去へ続く道が見える湖
シューパロ湖は、ただ美しいだけの湖ではありませんでした。
夕張シューパロダムによって生まれた大きな湖。
その水面の下には、かつての大夕張ダムや鹿島地区と呼ばれた街がありました。
立ち枯れた木々、湖へ消えていく旧国道452号、静かに残る旧白銀橋。
どれも派手な観光名所というより、かつてそこにあった暮らしの輪郭のように見えます。
国道から見渡すと、現在の白銀橋が湖畔を走る旧国道を見下ろしているようで、今の道と過去の道が同じ風景の中にありました。その光景が、シューパロ湖という場所を一番よく表していた気がします。
北海道の穴場・絶景という言葉だけでは少し足りない。
シューパロ湖は、過去へ続く道が見える湖でした。
夕張市観光サイト
沈んだ街あるき~夕張市鹿島地区~というイベントに参加すると旧鹿島地区を散策できます。
※近年、熊出没により中止になってしまった年もあり
【2023年9月訪問】

