鎌倉八幡宮の大桜|富山市に残る北条時頼伝承とエドヒガンの一本桜

鎌倉八幡宮の入口に立つ石柱と満開の大桜

鎌倉八幡宮の大桜

富山県富山市の山あいにある「山田鎌倉」。

その小さな集落に鎮座する鎌倉八幡宮の石段脇で、大きく枝を広げているのが「鎌倉八幡宮の大桜」です。

エドヒガンとして富山県内屈指の巨木とされ、富山市指定天然記念物であるとともに「富山さくらの名所70選」にも選ばれています。境内の斜面から四方へ伸びる枝ぶりは大きく、道路から見上げても存在感のある一本桜です。

そして、この場所でもうひとつ気になるのが「鎌倉」という地名。
鎌倉というと神奈川県の鎌倉が真っ先に思い浮かぶが、それと同じ鎌倉。

近くには、鎌倉幕府第5代執権・北条時頼が自ら彫ったと伝わる石像も残されています。

鎌倉八幡宮の大桜 基本情報

項目
内容
名称
鎌倉八幡宮の大桜(かまくらはちまんぐうのおおざくら)
桜の種類
エドヒガン
推定樹齢
不明
オススメ度(5段階)
★★★
一言
北条時頼伝承が残る山田鎌倉に咲く、県内屈指のエドヒガン
例年の見頃
3月下旬~4月上旬
撮影日
2023年4月上旬
所在地
富山県富山市山田鎌倉483
アクセス
北陸道
・富山西ICから約25分
・小杉ICから約25分
駐車場/トイレ
駐車場無・トイレ無
その他・ライトアップ:無
・市指定天然記念物
参考URL
 

富山県内屈指のエドヒガン

鎌倉八幡宮の石段脇に大きく枝を広げる満開のエドヒガン

鎌倉八幡宮へ向かうと、石柱の向こうに大きな桜が見えてきます。

平地に一本だけ立つ桜とは少し違い、境内へ続く石段脇の斜面から、道路側へ覆いかぶさるように枝を広げています。

富山県も「エドヒガンとして県内屈指の巨木」と紹介しており、枝は大きく四方へ伸びています。風雪による枝折れを防ぐため支柱も設けられ、地域の人たちによって大切に守られてきました。

私が滞在している間は、他に訪れる人もなく、地元の方と思われる車が1、2台通過するだけでした。

富山市山田鎌倉に残る北条時頼伝承

鎌倉八幡宮の鳥居と注連縄越しに見上げる大桜

北条時頼は1227年生まれ。鎌倉幕府の第5代執権として、1246年から1256年まで幕府政治の中心に立った人物です。

1253年には鎌倉に建長寺を創建。1256年に病を患って執権職を退き出家し、道崇と称しました。また、自ら建立した最明寺にちなみ「最明寺入道」と呼ばれています。

後世には、最明寺入道となった時頼が僧侶の姿で諸国を巡り、人々の暮らしを見て回ったという伝説が各地に残りました。

ここ山田鎌倉には、その時頼が諸国を巡る途中にこの地を訪れ、向い原から眺めた富山平野が相模湾に似ており、周囲の風景も故郷の鎌倉を思わせたことから「鎌倉」と名づけたと伝えられています。

北条時頼自作と伝わる地蔵像

富山市山田鎌倉にある北条時頼自作の像を納めた祠

鎌倉八幡宮からほど近い集落の中には、富山市指定有形文化財の「北条時頼自作の像」(地蔵半伽像)が残されています。

地域に残る伝承では、時頼がこの土地を去ろうとした際、別れを惜しむ村人たちのために石像を彫り、「この像を我が身と思え」と言い残したとされています。

村人たちは御堂を建てて像を安置。その御堂は後に焼失したものの、像はその後も守り続けられたと伝えられています。

大桜とともに残された山田鎌倉の物語に思いを馳せる

北条時頼が本当にこの山里まで旅をしたのか。「鎌倉」という名前を本当に時頼がつけたのか。

今となっては確かめることのできない話ですが、事実を追い求め過ぎるのも無粋というもの。

分かっていることと、長く語り継がれてきた伝承。

それを思いながら眺める大桜は、上手く言葉にできないですが、それほど有名でもなく、強烈な存在感を放つわけでもない。でも、なぜか惹かれて、のんびりゆったり眺めたくなる。

鎌倉八幡宮の大桜は、そんな桜でした。