草岡の大明神桜|坂上田村麻呂が植え、伊達政宗を救った山形の千年桜

畑に囲まれた集落で白い花を咲かせる草岡の大明神桜の全景 桜浪漫

草岡の大明神桜

山形県長井市草岡の民家の敷地に、一本の巨大なエドヒガンが立っています。

その名は「草岡の大明神桜」

伝承では坂上田村麻呂が植え、戦に敗れた伊達政宗が幹の洞に身を隠して命を救われたといわれています。

平安時代の武将と戦国武将。生きた時代の異なる二人を、一本の桜が結びつける伝承が残っています。

草岡の大明神桜 基本情報

項目
内容
名称
草岡の大明神桜
(くさおかのだいみょうじんざくら)
 ※文化財指定名称:草岡の大明神ザクラ
桜の種類
エドヒガン
推定樹齢
1,200年
オススメ度(5段階)
★★★★
一言
人里に植えられた単幹の桜としては国内最大級の太さを誇る。
例年の見頃
4月中旬~4月下旬
撮影日
2012年5月上旬
2022年4月下旬
所在地
山形県長井市草岡694
アクセス
東北中央道
・南陽高畠ICから約30分
駐車場/トイレ
駐車場有・トイレ有
その他・ライトアップ:無
・国指定天然記念物 
・個人所有の桜です。マナーを守って鑑賞しましょう。
参考URL
 山形県公式観光サイト やまがたへの旅

坂上田村麻呂と伊達政宗の伝説

この桜は、坂上田村麻呂が奥州平定の記念に植えたと伝えられています。

それから約800年後、今度は伊達政宗が登場します。

若き日の政宗が鮎貝攻略で敗れた際、大明神桜の洞に身を隠し、追っ手を逃れたという話が残っています。政宗はそのとき、次の歌を詠んだといわれています。

桜子の
散り来る方を
頼み草
岡にて又も
花を咲かせん

「政宗が敗戦から生き延び、将来の成功を誓った強い決意が込められています。

その後、政宗は家臣の横山勘解由を遣わし、この桜を手厚く守らせたとも伝わります。現在も桜は、その子孫とされる家の敷地に立っています。

坂上田村麻呂が植え、伊達政宗を救った。

一本の桜にしては出演者が豪華すぎます。(笑)

もちろん、遠い時代の話なので、どこまで事実なのかは分かりません。それでも、人が隠れられそうなほど大きな洞を持つ幹を前にすると、政宗の伝説が残った理由は少し分かる気がします。

また、この桜は、地元では古くから「種まき桜」と呼ばれてきま

集落の中で支柱に支えられながら大きく枝を広げる草岡の大明神桜

個人宅の桜と聞くと、まず「ごめんなさい、お邪魔します」という気持ちになります。ところが桜を目の前にすると、その気持ちより先に「太い幹だなぁ。本当に巨大だ」と思ってしまいました。

太い幹と複雑に伸びた枝を見上げる草岡の大明神桜

とにかく立派な桜で武将の伝承も本当だったんだろうなと思ってしまいます。

石碑の向こうに花を咲かせる草岡の大明神桜

残念なのは山形県置賜の桜たちは何度訪れても天気と満開に恵まれないことです。それでもそれがご縁だと思って楽しんでいます。

畑に囲まれた集落で白い花を咲かせる草岡の大明神桜の全景

見る角度によって上に伸びている姿や横にこんもりしている姿になるのが面白い。

思い出:春は待ってはくれない

その土地の桜を見に行くのは、これで何度目になるだろう。

前の週に訪れた時、桜はまだ固い蕾だった。枝先には春の気配だけが集まり、花はもう少し先だと誰もが思っていた。

だから翌週、今度こそと思って同じ道を走った。

ところが桜は、もう散り始めていた。

満開を少し過ぎた、というような優しい散り方ではない。枝には花が残っているものの、地面には白い花びらが重なり、風が吹くたびに名残惜しそうに舞い上がった。

近くにいたおばあちゃんが、桜を見上げながら言った。

「先週はまだ蕾だったのよ。それが暑い日が続いてね。あっという間に咲いて、あっという間に散りだしたの。」

その言葉を聞いて、私は先週見た枝先を思い出していた。

あの蕾の中で花は静かに待っていたのではなく、合図を待ちながら、今にも飛び出そうとしていたのかもしれない。

人間の都合では一週間は短い。

けれど桜にとっては、咲いて、満ちて、散り始めるには十分すぎる時間だった。

その後も何度か、この地方の桜を訪れた。

満開に間に合った年もある。けれど、そんな時に限って空は重く、遠くの山も霞んでいた。花はきれいに咲いているのに、光だけがどこかへ出かけている。

風景や桜の写真を撮っていると、こういうことは珍しくない。

花が咲いても、天気が合わない。天気が良くても、花がまだ早い。ようやく両方そろったと思えば、今度は風が強い。

桜と空と自分の休日。

この三つが仲良く同じ日に集まることは、思っているほど多くない。

それでもまた出かけてしまう。

完璧な春を撮りたいからなのか、あの時に見逃した何かを探しているのか、自分でもよく分からない。そもそも完璧な春なんてあるわけないのに。

ただ、散り始めた桜の下で聞いたおばあちゃんの声だけは、今もはっきり覚えている。

あっという間に咲いて、あっという間に散る。

分かりきったことなのに、桜を追いかける者は毎年のように驚かされる。

そして翌年になれば、今度こそと思うのである。